美術監督 小倉宏昌さん:Part-2
“ちびねこの時に小倉さんが描いたあの絵がさぁ…”とか。まだ言ってんの? って(笑)
身体デカイのに細かいよなぁ、こいつ…とか(笑)。自分も当時まだ若かったから、何だよ、こいつよぉ…みたいな、そういう印象だったんだよね。
強気でガンガン言ってくるタイプじゃないよね。まぁ、“ちびねこ”の時は、当初いたスタッフが抜けちゃったりとかがあったんで、最初は気を遣っていたのかもしれないけど。当時は酒飲みに行って、それからスタジオで作ったりとかもしてたけど、大橋さんとかと一緒に内容とかの話もしつつ、進めていたように覚えているなぁ。
この作品に限らず、イメージボード(※10)や設定を見せてもらって、それを元に自分が描いたものを方向修正しながら美術設定を作り上げていくんですけど、“ちびねこ”も、そうやって話し合いながら作っていきました。
そのね…下手くそなグニョグニョって描いてあるの、隆太郎さんのだよ、確か(笑)。あの人ね、修正は色鉛筆を使ってたんだ。なんで色鉛筆を使うんだろう? って思ったことがあるんだ。
思い入れは強かったよ。だから、会うと“ちびねこトム”がどうしたこうしたとか…『神霊狩/GHOST HOUND』(2007年。この作品で、小倉さんは中村監督と再びタッグを組んだ)の時だってそんな話してたもん。「あの時のさぁ…」とか言い出すから、ああ、そうだったかもね、って感じで(笑)」
そうだよ(笑)。「“ちびねこ”の時に小倉さんが描いたあの絵がさぁ…」とか。まだ言ってんの、こいつ? って(笑)。さすがに1つひとつまでは覚えてないよって。
僕はあまり自分の作品を見直すってことはしないんですよ。特に終わりたての時は、制作中の嫌なことばかり思い出しちゃうんで(笑)。初号見てしばらく見ないで、しばらく経ってから、たまに見直すこともあるかなくらいで。
合わない人とは合わないですよ、やっぱり。良かれと思ってやってても、そうじゃなくて…とか言われると、何かずれてきちゃうなぁ、とかね。 でも、例えば押井(守)さんや(中村)隆太郎さんとかは、2人ともどっちかっていうと割と好きにやらせてくれる感じなので。もちろんダメな時はダメ出しするんだけど、そうでない限りは割と好きにやらせてくれる感じだから。
そうじゃないね。押井さんは、映画としては自分の中で成立していて、これでこういうふうになれば間違いないっていう組み立て方を絵コンテでしているから、後は絵の方でどういうふうになるかっていうところでね。
隆太郎さんの場合は、自分で思っているものは当然あるんだけど、こっちが全然違ったものを出してくるのが面白かったってところはあったみたいですね。「自分はこう思ってたけど、小倉さんがこんなことしてきた」って、何かの時にそんなことを言ってた気がするなぁ…。
キャラクターがかわいいからといって、全部をマンガチックな背景にしなくてもいいよね
何だろう…。何て言うか、作品の持ち味っていうか、シナリオとか設定とかを見つつ、キャラクターを見ただけではわからないところを表現するところかな。
最初に監督と話し合って、じゃあ、こうしますかということで僕の方でイメージ画を描いてみて…って感じで進めていきました。
キャラクターがかわいいからといって、全部をマンガチックな背景にしなくてもいいよねっていうことですよね。それを最初に隆太郎さんと話をしたのかな。そんな感じでいいんじゃない? って。
だから、この水晶のところとかは最初の頃に描いたんだけど、普通にリアルなものを目指してっていうふうな描き方をしてますね。暗い場所とか薄暗い場所とかも、リアルに考えてやりましょうっていう感じだった。
いや、そこはね、自分が見て、ここはどうかな、こういうふうにしてもいいんじゃないかなって。
ネオグルトでの1シーンで、街灯があって、雨が降ってて、その光の所だけ強めに雨粒が光って見えるみたいなところとかね。表現はリアルだよ。隆太郎さんが、そこの部分だけそう見えるようにしたいっていうので、そこの部分は確かテスト撮影したなぁ(※11)。
ただ、場所によっては、例えば南の海に浮かぶ街とかは、ちょっとかわいい感じの方がいいかなとか。いろんな場所が出てくるから、そういうところでは、ある意味“何でもあり”な楽しい感じで。隆太郎さんと“こういうのありだよね”とか話し合いながら進めていたなぁ。
▲左)ネオグルトの1シーン。右)南の海に浮かぶ街。
完璧かどうか(笑)。その時に見たイメージで、例えば、こういうキャラクターだからといって、ほんわかした感じとかにしなくてもいいんじゃないかなって、今こうやって見返してみると、多分そう思ったんだろうな…。
だから、チラシとかポスターとかの背景も暗めにやって、このチラシのレオニスのあたりはハーモニー(※12)とか使いながら、怖い感じにしたんです。
背景の仕事を始めた頃、『家なき子』で男鹿さんなんかがサッサッサって適当に色を塗って、そこにセルをパッと置くとかっこいい(笑)。
でも最初にそれを見た時は、それが何でそういうふうになるのかがわからなかった。
最近もたまにハーモニーは使うんですけど、今のアニメーターさんの動画の線は、デジタルで仕上げたりする都合とかもあって、細くてきれい過ぎちゃうから、昔の出崎統さんの作品みたいな感じにはならないんだよね。もっとガシガシっていう荒っぽい感じの描線じゃないとね。今はああいう線は描けないから。
ウチ(小倉工房)は今でも基本は手描きなんですよ。ただそれをスキャニングしなきゃいけなくて。それで、スキャニングした後に、レイヤーとかで調整して。
ただ、そこのところはデジタルだけど、基本は手描きっていうやり方をしています。確かにデジタルだと(作業が)早いんだろうなとは思うんですよね。水張り(※13)なんてことをする手間もないし(笑)。
アニメって、どうしてもキャラクターの動きに目が行くし、もちろんそういうものなんですけど、背景のこともね…わかってよって(笑)。
※10 作品のイメージをスタッフ間で共有するために描かれるイメージ画。実写映画でも用いられるケースがある。
※11 コンピュータ上で彩色から編集まで全て行うのが主流の現在と違い、セルで制作しフィルム撮影していた当時の制作体制では、1カットのためだけにテスト撮影するということは、それだけ余分な時間や手間、コストがかかることだった。
※12 アニメ業界特有の技術用語。セル仕上げでは表現できない、油彩画や水彩画のような「手描き」風のタッチや陰影、グラデーションなどを表現する技法。セルアニメの場合、アニメーターが描いた動画の実線をセルにトレスするが、ハーモニーの場合は、そのセルに直接着色するのではなく線画に合わせて背景用紙に着色し、その上に線画だけのセルを乗せて撮影する。その他にも、背景美術が描いた素材を切り抜いたものをセルに張り付けたりもする場合もある。
※13 美術の専門技法の1つ。アニメの場合、背景画を手描きする際には水彩塗料が用いられるが、乾いた状態の画用紙にそのまま水彩塗料で描いていくと、紙の表面が波立ってしまう。そこで、絵の具を使う前に画用紙の両面に刷毛で水を塗り、机にピタッと貼りつかせて、紙が波立つのを防ぐ。また、この水分が乾ききる前に着色することで、陰影などの微妙なグラデーションを表現することができる。
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