長編劇場用アニメーション ちびねこトムの大冒険 公式webサイト:美術監督 小倉宏昌さん:Part-3

「ちびねこトムの大冒険」の世界 by 長編劇場用アニメーション ちびねこトムの大冒険 公式webサイト

美術監督 小倉宏昌さん:Part-3

今のアニメもいろいろあるけど、こういう作品ないでしょ。作ろうともしないし

美術監督 小倉宏昌さん
●ここで、小倉さんのキャリアについて少し詳しくお伺いしたいんですけど、背景美術の世界には、何歳くらいから入られたんですか?

22歳かそこらくらいから。当時、大学浪人してて、今でいうフリーターみたいなことをやりながら受験を目指してやってたんだけども、就職しなきゃならなくなってきたんですね。その前からイラストとか絵を描くことは好きだったんで、絵を描く仕事ってないかなとは思ってたので、新聞の求人広告でいろいろ探したんですね。
最初は映画の看板とかを描く会社を志望したんだけど、そこは落ちちゃって。
で、次ってなった時に“アニメ”って書いてあるのを見つけて。

当時(70年代後半)は、アニメの背景の仕事があるなんて、今みたいにメディアで紹介なんかされてなかったから知らなかった。アニメ雑誌とかは見てたけど、大体キャラクターを見てたしね。
それで電話をした先が、小林プロダクションだったんですよ。その電話口で課題を出されて、それを明日までに描いて持ってきなさいって言われたので、全くの想像で課題の風景画を描いて、それまで描いていたイラストとか模写とかと一緒に持って行ったんです。

●たまたま電話した先が、あの小林プロダクションだったっていうのがすごいですよね。それこそ、現在のアニメ背景美術の重鎮クラスと呼ばれる方々が、当時そこにいらっしゃったわけで…

いや、今でこそそんなふうに言われたりもするけど、当時はそんな意識は全くなくて、ただ就職しなきゃって思って行っただけで。小林プロだって普通のマンションを借りてただけで、玄関には汚ないサンダルとかが並んでて、“本当にここかな?”って(笑)。
襖とかを全部取っぱらってカーペットが敷いてあって、べニア板に足付けたみたいな机が置いてあって。でも、自分もまだ若くて“会社なんていやだな”とか生意気なことを考えていたから、かえってそういう所の方が面白そうだなって思ったんです。
で、作品を見てもらって、明日から来なさいって言われて。その時に一緒にいたのが大野(広司)さん。だから、大野さんとは同期として入ったことになる。

水谷(利春)さんとか男鹿(和雄)さんとかは僕らよりも先輩なんだけど、その頃は一旦小林プロを辞められていた時だったんだよね。で、『家なき子』(1977年)が始まるっていうので、また来るようになって。後で聞いたんだけど、男鹿さんは他の仕事をしてたんだって。それがたまたま東京に遊びに来てて、大変な仕事があるっていうので説得されたみたいですよ。で、その話を水谷さんが聞いて、他の仕事をしてたのを辞めて、戻ってきたんだよね。

●もし、その時に男鹿さんや水谷さんが背景美術の世界に戻ってこなかったら、その後の多くの名作はどうなっていたんでしょうね(笑)。ところで、小倉さんは本当に数多くの作品を手がけられておられますが、ご自身のキャリアを振り返って、一番に挙げるとしたらどの作品になりますか?

やっぱり『王立宇宙軍 オネアミスの翼』ですね。最初に美術監督をした作品ということもあるけど、今は偉くなっちゃったガイナックスの人たちもみんな若くて、ああでもないこうでもないって言いながら…みんな若かったからいろんなことがあってね。
だけど、監督の山賀(博之)君とかも、近未来であるとか人間であるとかをきちんとした形で表現したいって言ってたけど、そういう意味でいうと、自分にとっても“やれる”って思えるきっかけになった作品ですね。

●“王立”を初めて観た時、単なるアニメ好きの目で観ても「このこだわり方と密度の濃さは何なんだ?!」って思いました。

本当にすごかった。
さっきも言ったように(Part-2参照)、自分の作品を見直すのって滅多にしないんだけど、去年の1月くらいに久しぶりにDVDで見直して、ちょっと感動したもんなぁ(笑)。ああ、情熱を感じるなぁ…今、こういう情熱を持って作ってる人って、あまりいないんじゃないかなぁとかって思っちゃって。

“王立”はすごく刺激的だったのね。周りにいた人達もそうだったし。“王立”が終わって風雅に戻ったんだけど、当時の風雅が多く手掛けていた合作ものからは、何だか刺激を感じられなくて。
そこに、押井さんの“迷宮物件”って、何だかよくわからないけど面白そうみたいな話が来てね、そういう刺激っていうのがある作品の方がいいなって。まあ、結果的にそれが大変だったんだけど(笑)。

そういうのとか“パトレイバー”とかもやりながら、この“ちびねこ”もそうだったけど、自分の作風がこういう傾向っていうふうに言われるのは嫌だったから、いろいろな作品をやってみたいと思って、やっていたような気がするなぁ。

●そう考えると、最初の美術監督作品でいい作品に出会ったっていうことですよね。単に「初めてだから」というだけではない…

後で考えるとね。こういう作品ってなかなかないと思う。デザインするにしても、いろいろ議論して、どれだけ作ってどんだけボツにしたかって感じだったから。で、この部分だけ使おうとか。

普通っていうか、当時は“こんな感じで”っていうだけで終わってしまうところを、もっといろいろ考えて、こういう文化とこういう文化が融合するとどうなるかなって考えて、想像して、そういう中で“これは面白いけどこれはダメ”みたいなことを、あの期間の中でよくやっていたなって思う。
じゃあ、お話はっていうと「ロケットを打ち上げる話だよね」ってそれだけのことなんだけど(笑)、そういう話といっても世界観とかこだわって作りたいみたいなところがあった。

そういうところの刺激もあって、“ちびねこ”でも、こういうキャラクターだけどこういう背景描いちゃってもいいよねって。子供向けだからこうだっていう形じゃないやり方で描こうというか、作ろうという意識が働いたんじゃないかって思うね。

●なるほど…。“王立”や“パトレイバー”といった大作の仕事で受けた刺激が、『ちびねこトムの大冒険』の背景美術を作る上で活かされていたんですね。さて、“王立”が一番として、これ以外で印象に残っているご自分の作品をあえて挙げるとすると、どの作品になりますか?

『機動警察パトレイバー』、『人狼 JIN-ROH』…それから『フリクリ』。独特な絵柄に合わせて世界を完結させるのが大変だったけど面白かった。大したもんですよ、今石(洋之)君や鶴巻(和哉)君達は。
5番目は…『ちびねこトムの大冒険』って言った方がいいかな(笑)…『神霊狩/GHOST HOUND』ですね。これは結構大変だったんですよ。隆太郎さんはあまり細かいことまで言わないから、最初はこういう話なんだって思っていたけど、ストーリーが進行するにつれて、ああ、こうなっていくんだ、この先はどういうふうになるのかなっていうのがやっていて面白かった。
あとは『xxxHOLiC』。あやかしというか、得体のしれない人が出てきて、日常と違う空間みたいなのを考えるのが面白かったですね。デジタルばかりじゃなくて、手描きの手法も使えたというのも面白かったです。

●どれも一癖も二癖もあるというか…。そういう作品のほうがやりがいがあったということですか?

やりがいというよりも、こういう作品だからこのパターンと決めなくてもいいとか、もう少し突っ込んで考えて、作り込んでいってもいいところもあるとか、そういうのがやっていて面白さを感じるところだから。

あとは何だろう…要するに“ない世界”ですからね。それをどういうふうに、リアルな感じとか生活感とかがそれっぽく見えるようにするか。
だから、“ちびねこ”もあまりマンガっぽく考えなかったっていうのはそういうことで。嘘だけどもこんなところが本当にあったら面白いよねっていう…そういうところが面白いみたいなところはありますね。一時期、ビル描くの好きなんだろうとか言われたけど、別に好きじゃないよって。ビル描くのが好きなんじゃないよ、俺は、って(笑)。

●最後に、20年ぶりの『ちびねこトムの大冒険』に、何か一言いただけますか?

なかなか今ね、こういう企画がなかなかなくて。
自分がこういうキャラを使ったジャンルの作品とかをあまり見なくなっちゃってるというのもあるかもしれないけど、こういう作品があってもいいんじゃないかって思うね。
今のアニメもいろいろあるけど、こういう作品ないでしょ。作ろうともしないし。
美少女キャラみたいなのが出てきてワァワァやってるのもいいけどさ、そうじゃないのもあっていいんじゃないのかなって。
だからそういう意味でいうと、今改めて『ちびねこトムの大冒険』みたいな作品はいいんじゃないかって。
誰かがこれを観て、もう一度こういうのを作りたいなって思う人が出てくるかもしれないしね。


インタビューを終えて…
「今度、ウチの若い子が美術監督やるんですよ」
そうおっしゃった言葉の端から、小林七郎さんから小倉美術監督へとつながるアニメ背景美術の系譜が、次の世代へと受け継がれていく様子を垣間見た気がしました。

アニメ作品を観る時は、ついキャラクターやドラマにばかり目が行ってしまいがちになります。
ですが、作品の世界そのものである“背景”にも注目すると、また新たな魅力が見えてくるはず。
今回のインタビューで、その豊かな創作世界の一端を垣間見たような気がしました。

インタビュー中にも、某作品の制作進行さんが背景画の受け取りにいらっしゃるなどご多忙な中で、当初こちらからお願いした時間を大幅にオーバーしてしまったにもかかわらず、終始穏やかにインタビューに応じてくださった小倉美術監督、本当にありがとうございました!

美術監督 小倉宏昌さん:Part-2

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